夜高祭
承応2年(1653年)福野町の氏神様として伊勢より御分霊を勧請した折、この御分霊の行列が倶利伽羅峠あたりに指しかかった頃日暮れとなり、これを知った町民が手に手に燈火用の行燈を持って太鼓を打ち鳴らしてこの行列をお迎えした。
以来毎年の五月大祭には行燈を持って明神社に参詣するのが習慣となり、その後この行燈に意匠を加え、競って大きい物を盛作し、一時はその高さ12mにも及ぶ行燈を作りましたが、明治42年電話線の佳節により、高さ6m50cmに制限され現在に至っている。
町内の若集が勇壮活発に夜高節を歌いながら太鼓や拍子木のはやしで町内を練り廻る様は、まさに、春宵の一大偉観である。
平成14年3月に、350周年を記念し関係者約40名が伊勢神宮へ祟敬参拝した。各町の田楽を神楽殿に奉納し、町内融資で複製した文久時代の大行燈を大鳥居前に配置した。
開催日時:5月1日、2日 場所:市街地